来週に二つの保育園児がひらりんの森に自然林の体験に来る。今日は、その下見に先生方がいらっしゃった。午前中はクラス担当の先生たち。そして午後には園長さんと別の先生方、それに先生の子どもたちも一緒だった。昼を過ぎてから雨がひどくなってきた。到着予定時間は午後2時だったが、その前に電話が入った。「こんなひどい雨になったのですが、いっていいでしょうか?」。私は「いらっしゃるということでお待ちしています」と応えた。「わかりました。いま車でそちらに向かっているところです」という明るい返事だった。
写真に写る丸い玉は雨粒だ。ザーザー降りの中を出発した。先頭に立つおおば会長は週に何度もコースを点検している。激しい雨だが、安全性には問題がないと判断した。自然はやさしいというのは正しくない。自然林はやさしい表情の時もあれば、荒ぶる時もある。その修羅の表情が自然の姿なのだ。こんな日に子どもたちを里山に誘うことはしない。だが、先生方のには厳しい自然林の表情も知ってほしいと考え案内することにした。
水辺の生きもののための池についた。雨粒の波紋でよく見えないが、おおば会長は、そこにメダカがいることを教えていた。
まだほんの幼いころから子どもを荒々しい自然の中につれだし、楽しませるということは、おそらく、ありきたりな遊ばせ方ではないでしょう。けれどもわたしは、ようやく四歳になったばかりのロジャーとともにあいかわらずでかけてゆきます。そして、この冒険はロジャーにとってもいい影響を与えたようです。(レイチェル・カーソン『センス」・オブ・ワンダー』より)
まだ、モリアオガエルのオタマジャクシがいました。雨はザーザー降っていますが、子どもたちは楽しそうです。
おおば会長は先導しながら、道の安全性を確認していきます。
登りがおわり尾根道に出ました。その近くのナラノキにクワガタがいました。保育園で飼っているカブトムシはこの辺にで森に還すようにしました。
誰も転んで泥んこになることなく、下山しました。
前回の「大型バスで子供たちがやって来た!」をフェースブックに紹介したら、こんなご意見をいただきました。
ナイスな記事をありがとうございます、・・これは子たちにとって最大の教育なると考えてます、京都では芦生の自然林が守られ研究されつつ教育に役立っています、・・私は一介の生物学徒の立場からですが、自然林の保護は里山の整備が基本にあると思います、昨今の”失われた里山”はあれこれ云々すれば、アルプスの雷鳥の餌のハイマツ(実)がなくなり絶滅の危機まで繋がります、生態系(エコシステム)はよく見極めないとそのバランスを失います、・・
「紙芝居と実体験は、今の教育指導要領をはるかに超えた優れた教育だと考えます。国破れて山河ありとは森破れて国滅ぶ、・・ もし森の民と砂漠の民がいるとすれば(森林の思考・砂漠の思考、鈴木秀夫、NHKブックス)、日本は森の民で、木を見て森を見ず、森を見て木を見ずですが、それさえ分かれば自然林教育から将来の優れた科学者や文学者が続出するでしょう。里山の修復・再生そして再認識を祈ります」(京都大学 理学部大学院生より)
わたしたちも、自然林はふしぎ発見の宝庫だと思っています。
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