里山周辺に住むようになって一番感じるようになったのは、季節感かもしれません。
春先には山菜や野草、梅雨の頃には梅などと、1年を通してこの時期はこれ、この時期はこれというものがあるのが、里山の暮らしであり豊かさなのかなと。
毎年、今年もこの季節がやって来たなと思うのと同時に、取れる量や時期、味などがちょっとずつ違ったり、取れたものの料理方法も少しずつ変化したり、扱いが上手になったり。
同じように巡ってくるのけれど、違う、変わるという面白さ、豊かさを味わわせてもらっています。
さて、9月終わりぐらいから10月になると、毎朝いそいそと家の裏手のほうにある林へと向かう、私のパートナー、ともただのくん。
毎日どっさり栗を拾ってきてくれます。
うちの役割分担としては基本的に、採ってくる人=ともただのくん、それを使って何か作る人=私(おくさん)なので、何度となくザルいっぱいになる栗に、なかばうれしい悲鳴を上げることもあるのですが、ご近所やお互いの実家などにお裾分けしつつ、今年も存分に栗を楽しみました。
やはり最初に食べたくなるのは栗ご飯でしょうか。
今年はもち米を使った栗おこわに初挑戦しました。
そしてあとの栗は、ほぼ全部渋皮煮に。
鬼皮をむいた栗を、何度か丁寧にゆでこぼししアクを抜いたら、砂糖を入れて煮ます。
去年初めて渋皮煮を作ってみたのですが、2年目の今年は自分なりのコツをつかんだ気がします。
ゆでこぼした後に、渋皮の周りに付いているものをきれいにお掃除するのですが、そのお掃除は最後にではなく、一度目のゆでこぼし後に行うと楽でした(そのタイミングだと栗がまだ堅いので、ある程度粗く扱っても渋皮が傷つかない)。
そして砂糖を入れた後に栗は柔らかくならないので、好みの硬さまで煮てから2度に分けて砂糖を入れると味がよく入るようです。
この渋皮煮、中の渋皮を傷つけないよう包丁を使って鬼皮をむくのは、大変と言えば大変ではあるのですが、無心になれてとても心地のよい時間でもありました。
また、栗のお菓子も食べたいというリクエストをもらったので、今年は渋皮煮を使ったロールケーキを作ってみました。
さて、ここまで採った栗をどんなふうに料理したかということばかり書いてきましたが、
私も、今年一度だけ栗拾いに行ったのですが、これが思いの外楽しかったのです。
朝露に濡れた栗が光って、まるで「ここだよ」「ここにいるよ」とでも言うように、目に飛び込んでくるみたいな感じがあって、ここにもある、あ、ここにもあった、と子どものように夢中になって栗拾いを楽しみました。
平林にも栗の木があったと思うので、遊びに来る子どもたちに栗拾いをさせてあげたら、すごく楽しんでくれるんじゃないかな~なんて思っています。
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